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■ぼくらは戦争を待っている(ログ)
2002/11/05から2003/08/15まで連載するも、Lycosサーバの消滅とともに終了した日記またはエッセイ(小論文)。



■2003/06/21(土)吟遊詩人らよ竪琴をつま弾かせよ、将士らよビルマ争奪戦をはじめよ

弓矢の弦をはじいたとき、戦いの緊張をほぐす音色が響く。それが竪琴の起源とされる。小学校低学年のころ『ビルマの竪琴』の感想文を書かされた記憶がある。むろん彼らの心証をよくするように書いたものだが、今これを感想文とすると赤点は間違いないだろう。
さてアウン・サン・スー・チーの拘束の背後には、いかなる国際情勢があるのだろうか。

(引用開始)
ミャンマー軍政、スー・チーさんらを拘束 (ロイター)
2003年6月1日(日)13時55分
5月31日、ミャンマー軍政は、国民民主連盟のアウン・サン・スー・チー書記長とNLD幹部17人を“保護のため”拘束したと発表した。写真は昨年5月撮影のスー・チー書記長(2003年ロイター/Sukree Sukplang)
 [ヤンゴン 31日 ロイター] ミャンマー北部で、国民民主連盟(NLD)のアウン・サン・スー・チー書記長の支持者と反対派らが衝突したことを受け、同国の軍事政権は、スー・チー書記長とNLD幹部17人を“保護のため”拘束したと発表した。
 この数時間前には、ヤンゴンにあるNLD本部が封鎖されていた。
 スー・チー書記長は、1カ月にわたる北部視察中で、6月4日にヤンゴンに戻る予定になっていた。
 記者会見したタン・トゥン准将は、スー・チー書記長の拘束期間に触れなかったが、軍政に近い情報筋によると、6月1日にはヤンゴンに戻る見通しという。
 ミャンマーには、軍政と反体制派の対話再開を促すため、6月6―10日の日程でラザリ・イスマイル国連事務総長特使が訪問する予定。アナン国連事務総長は31日「懸念をもってミャンマー情勢を見守る」との声明を発表した。
 タン・トゥン准将は、この事件で軍政側と反体制派との“信頼醸成”が損なわれることはないとしている。

<ミャンマー>民主化への解決が共同声明に ASEAN外相会議 (毎日新聞)
2003年6月14日(土)22時5分
 15日に実質協議入りするASEAN外相会議で、ミャンマーの最大野党・国民民主連盟(NLD)のアウンサンスーチー書記長の身柄拘束を受け、ミャンマーの民主化問題の早期解決が共同声明に盛り込まれることが14日、分かった。同国の民主化問題が外相会議の共同声明に盛り込まれるのは2年ぶりとなる。
(引用終了)

ネパールとミャンマー(ビルマ)ではインドと中共のつばぜり合いがおこなわれている、とぼくは見ている。とくに海の出口を欲する中共にとってインド洋に抜けることができるミャンマーの地勢は重要である。また対中封じ込めを欲するアメリカほかの海洋国家にとってもミャンマーが最悪中共の手に落ちてもインドを使嗾して封じ込めるに違いない。この場合ベトナムならびにインドシナ半島を失ってもタイとインドネシア、フィリピンを使って封じ込めるのと同じである。

英国で教育を受けたアウン・サン・スー・チー女史の拘束もこれらに連関しているやもしれない。その能力・人格は別として彼女には当然英米の強いバックアップがあり、軍政側の警戒ぶりも理解できる。ちなみにビルマ独立の英雄である父のアウン・サンは日本で軍事教練を受けている。いわゆる独立三十人志士であり、日本はビルマの独立に大きく関係している。

ミャンマーの軍政側が中共の全面的な援助を受けるかはわからない。軍政が社会主義を採用したのは、イギリス支配によって経済を牛耳った華僑を排除するためであった、と思われるからだ。これはベトナムも同じで、後期のボートピープルは華僑であったと云われる。しかし半島国家であるベトナムはふたたび中共の資本によって支配されてしまった。これはやむを得ぬとしても半島ではないミャンマー(ビルマ)はインドの外郭部にあたり、ベトナムとは多少違う展開があるだろう。

日米英印同盟も視野に入ってくるかもしれない。そう考えると日本が仲介するインドの足元のスリランカ和平は、海上ルート確保のうえで重要である。スリランカはヒンズー教と仏教である。紛争に、ムスリムを主とする対テロシフトによる介入が期待できない。それだけに和平は必要不可欠である。

竪琴をつま弾かせる吟遊詩人らはいかなる叙事詩を歌うであろうか。


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