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■ニュースコメント[ Index ]

経済ニュースコメントのバックナンバーを保存したいと思います。とくに地域経済のコメントを重点的にしていきます。
ニュースソースは主にNIKKEI地域経済から引用しています。
リンク切れの場合を考慮して全文引用しています。

■イノベーターとフォロワー[ 2004年03月25日 ]
■伝統の継ぎ木[ 2004年03月18日 ]
■さまえよるハウステンボス[ 2004年03月11日 ]
■公衆電話から公衆無線LANへ[ 2004年03月04日 ]
■駅弁いらんかねの幾星霜[ 2004年02月26日 ]

これ以前のニュースコメントについては、プルダウンメニューから選択できます。


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■イノベーターとフォロワー[ 2004年03月25日 ]

観光を主体とする地方の町の発展にはどのような循環が好ましいだろうか。なんらかのイノベーションには必ず追随する業者が現れる。もちろん観光に限ったことではないが。単純にフォロワーがイノベーターの起こすイノベーションに寄生するだけではその後の発展はないのは間違いない。では、どのようなイノベーターとフォロワーの関係が求められるのだろうか。

(引用開始)
桜井甘精堂、小布施町郊外に新工場建設
【甲信越】2003/11/01 NIKKEI地域経済より
 クリ菓子製造・販売の桜井甘精堂(長野県小布施町、桜井佐七社長)は年内をメドに新本社工場を建設する。3つに分散していた工場を新工場にまとめる。経営効率化が狙い。人気観光地の小布施町中心部にある現在の本社工場は、観光施設として使用することも考えている。
 新工場は小布施町郊外の栗ケ丘地区で、整備中のバイパス道路沿いに建設する。現在の本社工場は老朽化したうえ、手狭になっており、新商品の開発・試作スペースが確保できないなどの問題が出ていた。
 総投資額は約7億5000万円、敷地面積は約1万平方メートル。商品開発スペース、本社事務所やコンピューター制御の原料・資材倉庫なども設ける。2月に移転する。
 同社は現在、クリ菓子の原料の仕込み工程を須坂工場(須坂市)、らくがんの主要原料となる豆の製粉・焙煎(ばいせん)工程を福原工場(小布施町)に分散している。新工場に2工場の機能も完全に移転する。仕込みからクリ菓子製造までの一貫生産体制を築き、作業効率を改善させる。

桜井甘精堂、昔ながらの栗ようかんを限定発売
【甲信越】2003/09/10 NIKKEI地域経済より
 桜井甘精堂(長野県小布施町、桜井佐七社長)は15、16日に、小布施町などでとれた新クリを材料に昔ながらの製法で作った栗ようかんを限定販売する。通常はクリを餡(あん)に加工して保存し、必要に応じてクリ餡を再加熱してようかんを作るが、限定品の場合はクリを餡に加工してすぐにようかんにする。風味が豊かだという。
 限定発売するのは「新栗舟流し栗ようかん」。クリ餡を「舟」と呼ばれる容器に流し込んで固め、切り分けた後に竹の皮に包んだ。1本の内容量は約300グラムで、価格は1300円。3000本を限定で、小布施町の本店や長野店などで販売する。軽井沢店は予約販売のみ。
(引用終了)

桜井甘精堂は、以前紹介した( 街の杜氏[ 2003年03月13日 ] )枡一市村酒造場のある長野県小布施町のメインストリートに軒を並べている。小布施郊外に工場を移転して、メインストリートにある本店を観光施設化するならば枡一市村酒造場のそれと連動すると思われる。しかし桜井甘精堂は単純なフォロワーなのだろうか。

小布施には栗の銘菓・名産品をつくる老舗が三店鋪ある。まず栗落雁と栗羊羹と栗かのこを最初につくった桜井甘精堂があり、創業も文化5年(1808年)と一番古い。ついで栗おこわをつくった創業明治26年(1893年)の竹風堂がある。創業が明治33年(1900年)の小布施堂は、創業が宝歴5年(1775年)の枡一市村酒造場の敷地内にある。この地の素封家であった市村家は、12代目高井鴻山が葛飾北斎を招いたことでも知られる。

この場合、栗菓子のスタンダードをつくったのは桜井甘精堂であり、フォロワーは小布施堂である。しかし、前述のように小布施堂(もしくは枡一市村酒造場)にもイノベーターとしての立場がある。それは小布施のランドスケープ保全から街自体の発展までもくろんだ(観光施設一体型店鋪での)販売方法である。桜井甘精堂が郊外に工場を移転して、本店を観光施設化するのはこのイノベーションの流れに乗ったものである。つまり現在の観光施設一体型店鋪の販売方法のスタンダードをつくったのは小布施堂であり、フォロワーは桜井甘精堂なのである。

小布施ではイノベーターとフォロワーの立場が交互に入れ替わっていることがわかる。こうしたイノベーターとフォロワーの循環がもともとイノベーションの機会の少ない地方の町には必要ではなかろうか。またこうした役割は地方の素封家に求められると思われる。

参考URL
長野県小布施町にある:桜井甘精堂

参照コメント
街の杜氏[ 2003年03月13日 ]

【一時休止のお知らせ】
今週のニュースコメントは一時休止となります。
バックナンバー整理のあと、随時掲載で復活の予定です。


■伝統の継ぎ木[ 2004年03月18日 ]

新しいブランドに一見すると伝統的な名前をつけるケースは今後も増えると思われるが、それらの試みが成功させるブランディングのやり方は他のブランディングと変わりがあるのだろうか。

(引用開始)
漬物・みそ製造の丸昌稲垣、高級ブランド商品拡充
【甲信越】2003/10/21 NIKKEI地域経済より
 漬物、みそ製造の丸昌稲垣(長野県飯田市、稲垣紘一郎社長)は高級ブランド商品の拡充に乗り出す。来年初めにも、量販店向け商品より良い素材を使い、価格も数割増から数倍と高めに設定した商品を10―15品投入する。同社の売上高の約9割は量販店向けが占めるが、価格低下で利幅が縮小している。高付加価値品を増やし、利益構造を改善する。
 同社の高級ブランドは稲垣社長の祖父の名を冠して「稲垣来三郎匠」に統一。山菜のみそ漬け、塩漬けなど現在約40品がある。販売店は百貨店や高速道路のサービスエリア(SA)などに限定し、食品スーパーには納入していない。
 追加するのは、しょうゆ漬けしたきのこや、酒かすとみそで漬けたキク科の植物の根「菊芋」、ウコンの粉と米ぬかで漬けた大根など。ワラビやフキといった山菜の漬物で、具材をミックスさせた商品も売り出す。キノコや菊芋は長野県産。酒かすも県内の酒造業者から仕入れ、特産品としてPRする。200グラム当たり500円前後を中心に価格を設定する。
(引用終了)
ブランドにひとつの出発点を見い出すならば、それは革新的な機能の発明・付加に行き着くだろう。革新的な機能は、ブランドを構成する各要素に含まれるのを見ることができる。各要素のうち、プロダクトでは機能は使用性を帯びているし、デザインは機能の性質を感覚的に表象する。またコンセプトとは、機能の本質を抽象化しているものだ。

ブランドとは、これら機能の各要素(コンセプト・プロダクト・デザイン)による集合体が信頼となって、消費者のロイヤリティを獲得、伝統へと昇華したものである。
ここまでコラボレーションとコンペティション[ 2003年07月17日 ]より抜粋

となると上記の「丸昌稲垣」の試みはある種の促成栽培と揶揄できなくもないが、いち早くブランドを伝統あるモノにするには、もともとある伝統の木に継ぎ木したり、伝統の土壌に苗木を植えることが肝要であろう。伝統を培ってきた土壌が豊かであればあるほど、継ぎ木は成功しやすい。歴史という日本の土壌が豊かであったことが中華文明や西欧文明の移植に効果を発揮したのも類推して理解できる。

2003年春に展開されたルイ・ヴィトンと村上隆のコラボレーションを突飛なものに感じられた向きも多いかもしれないが、ヴィトンを象徴するモノグラムのパターンが日本の家紋にインスピレーションを受けたと考えれば、今もジャポニズムの伝統に拠っていることは間違いない。むろんこの突飛に見える芸当もヴィトンが、革新的なバッグを数多く考案して、現在の商標概念の確立に寄与してきたというヴィトンの土壌ゆえに可能だったのである。

やはりここでも伝統と革新は両立しなければならないのだろう。つまり丸昌稲垣の「稲垣来三郎匠」ブランドに伝統としての一定の妥当性は与えられているにせよ、ブランドとしての成功にはなんらかの革新性を必要とするのではないか。ただしその革新性は保守主義に立脚することを忘れてはならないのが地方のブランディングである。

伝統は革新の母体であり、革新は伝統の端緒である。
地方のブランディングの成功例を見ていくと、地方の風土(気候・地質から産出されるものまで含む)や歴史的地縁(人々の考え方・文物から派生する行いまで含む)に基づく伝統の上に個人的・企業的革新をおこなってブレークスルーをもたらすケースが多い。地方の伝統を知り、目的合理的に判断しているからこそできるのであって、これこそ伝統主義ではなく保守主義の発露なのである。

ここまで地方ブランドのつくり方[ 2003年07月31日 ]より抜粋

参考URL
長野県飯田市にある:丸昌稲垣


■さまえよるハウステンボス[ 2004年03月11日 ]

ハウステンボスの所有する帆船4隻のうち「プリンス・ウィレム号」につづき「咸臨丸」も売却されることになった。なにやらワグナーの歌劇『さまよえるオランダ人』を想起させられる。マリー・セレスト号のミステリーほど難解ではないが、野村プリンシパル・ファイナンス(NPF)が乗り出すハウステンボスの再建も困難が伴うだろう。

(引用開始)
10月のハウステンボス入場者、前年比9%増
【九州・沖縄】2003/11/01 NIKKEI地域経済より
 会社更生手続き中の大型テーマパーク、ハウステンボス(長崎県佐世保市)の10月の入場者(速報値)は22万8000人程度となったもようだ。前年同月比約9%の増加となる。入場者が前年同月比プラスになるのは長崎県民の招待を実施した今年2月以来。好天に恵まれたことや年間会員の来場が増えたことが要因とみられる。
 10月の入場者数増加率は、子供向け施設オープンの好影響が続いていた昨年9月(28.3%)以来の高さとなる。年間会員は自治体の入会キャンペーンなどもあって、会社更生法を申請した2月の約5万人から7万人に拡大。そのため県内や、近県から個人の来場が増えたという。
 10月としては2001年(22万6300人)とほぼ同じだが、2000年の26万3600人に比べると少ない。

ハウステンボス、復元帆船「咸臨丸」のリース契約解除
【九州・沖縄】2003/11/12 NIKKEI地域経済より
 会社更生手続き中の大型テーマパーク、ハウステンボス(HTB、長崎県佐世保市)は同社が借り受けていた復元帆船「咸臨丸」のリース契約を解除した。帆船の「プリンス・ウィレム号」を売却したのに続く、不稼働資産の処分の一環。リース料は年間1億円程度だったという。所有者の興銀リース(東京・中央)はマレーシア企業に売却する。
 同船はHTBのPRのため、徳川幕府がオランダに発注した咸臨丸を現存する図面からオランダで復元。1990年に日本に到着し、横浜を母港に体験クルーズやイベントへの貸し出しなどに利用してきた。2001年1月からHTBに係留されていた。ハウステンボスは、2隻の帆船を所有するが、売却する予定はないという。
(引用終了)

テーマパークの本質はテーマにある。

テーマパークがパークを経営するのは、テーマを表現する手段がパークであったからである。テーマが強固でなければパークは経営的にも弱くなる。テーマが弱いのであれば、テーマを強化するか、テーマを捨てるか(少なくともテーマの育成を長期的・先送り)しなければならない。
創業者の神近義邦氏の構想が千年都市にあったのだから、このテーマの不定性と脆弱性は仕方なかったかもしれない。

ハウステンボスを翻弄するのは中央の政策である。

過去の出島から現在のハウステンボスまで一貫しているのは、地方が中央の政策に翻弄されてきた事実である。それはこれからもつづくのである。鎖国期の出島から高度経済成長期の石油コンビナート用造成地、バブル期のリゾート法とテーマパークから構造改革期の企業再生ファンドによる買収である。
野村プリンシパル・ファイナンス(NPF)は、その底流にある国策を踏まえて買収に臨んでいる。外資に案件を独占させないためにも自社の発展が国益にも適うし、地方の経済的自立も中央の思惑にあるからだ。今後中央は観光立国を打ち出すが、外国人の増加による犯罪増加なども忘れてはならないし、また摩擦を避けて肝腎の日本人客が減少する可能性もある。その意味で地方はまたも中央の政策に翻弄されるだろう。

テーマパークから滞在型リゾートへの変化が起きる。

ハウステンボスは意図的にテーマを忘れたテーマパークになろうとしている。ハウステンボスのテーマは投資を引き出し差別化をはかる便法の要素が強かったことは認めざるをえない。またオランダ=長崎という連関の効用、長崎観光のパッケージという導線の効用、イミテーションではない建築物というハードの効用がテーマの脆弱性を覆い隠していたことも認めざるをえない。結局もとからテーマがなかったのだと思えば、滞在型リゾートの割り切りこそ短期的な経営再建には必要であろう。かくてふたたびハードの効用に頼る側面も出てくる。ではテーマは漂流するのであろうか。

乏しさがテーマを生む。

テーマは結局のところ概念である。それは人の智慧による。資本の乏しさはむしろ智慧の持続性を要求する。テーマの深厚にはその方が良いかもしれない。テーマを育成するのは長崎県民の双肩にかかっているだろう。人的交流こそがテーマを生む土壌となるだろう。
それは長くさまよえるように思えるが、継続性そのものが正しく千年都市の実現なのである。

参考URL
ハウステンボスを買収した:野村プリンシパル・ファイナンス(NPF)


■公衆電話から公衆無線LANへ[ 2004年03月04日 ]

最近では公衆電話を見かけることも意識することも少なくなったが、代わりに公衆無線LANを見かけることはなくても意識せざるをえない時代になりそうだ。公衆無線LANは、NTT系列、JRと日本テレコム、無線LAN機器メーカーなどが参入している。そこにはむろん各社各様の思惑がある。

(引用開始)
QTnet、11月中旬メドにPHS事業から撤退
【九州・沖縄】2003/10/09 NIKKEI地域経済より
 九州通信ネットワーク(QTNet、福岡市、豊島令隆社長)は8日、PHS(簡易型携帯電話)事業からの撤退を総務相に申請した。九州で提供してきた「アステルPHS電話」サービスは11月中旬をメドに停止する。親会社の九州電力は2003年3月期連結決算で、撤退に伴う設備撤去費など89億円を特別損失に計上済み。
 QTNetは顧客数の減少などで事業の採算が見込めないことを理由に、2002年11月末でPHSの新規申し込みの受け付けを終了。契約者に解約や他のPHS事業者への移行を促してきた。現在の残存契約数は約40回線。
(引用終了)
NTT系列にしても競合している3社で違いがある。NTTドコモでは「Mzone」を、携帯の通信速度とのギャップを埋めるために、また移動する人が滞在するスポットを中心に。NTTコミュニケーションズ(NTT-Com)では「ホットスポット」を、長距離を使うことの多いビジネスユーザーのために彼らがたち寄りそうなスポットを中心に。NTTブロードバンドプラットフォーム(NTT-BP)では「無線LAN倶楽部」を、地域通信の立場から私鉄各線の駅にスポットを置くという風に。こうなると相互ローミング(シームレス・ローミング)の必要が出てくる。すでに「M-ZONE」と「無線LAN倶楽部」ではローミング契約が結ばれている。

しかし、モバイル・コンピューティングをユビキタス・コンピューティングにするためには、無線LANの届かないところでは携帯・PHSに依存しなくてはならない。通信関連機器の生産から第1種電気通信事業者に事業転換した鷹山(YOZAN)では「Bit Stand」というサービス名でページャ波(280MHz)と無線LAN(2.4GHz)の相互補完を(実験段階ではあるものの)実施しているが、同社がアステル東京から引き継いだPHS波(1.9GHz)にも連携される見通しである。

こうした公衆無線LANの構築と相互ローミングは、首都圏以外では遅れておりYOZAN IPネットワークスへの関西電力の資本参加もこの遅れを挽回するためと思われる。PHSでは、最後発の電力系業者・アステルのうち北海道と九州では事業撤退が決定または実施された。公衆無線LANのスポットとなりうる鉄道網、コンビニやFF店網は地方ほど格差も出るだけにPHSのインフラが減少するのは痛手ではあろう。PHS専業大手で唯一残ったDDIポケット「Air H" 」か、NTTパーソナルを承継したNTTドコモ「@FreeD」に乗り換えれば済むことだが、情報網の地域間格差の今後を考えざるをえない。

情報は情報網が凋密な方へと流れていく。東京の一極集中は避けられないだけに地方としては価値ある情報をブラッシュアップして提供するほか独自性は保てないのではないか。そのためにはむしろ情報からの意図的な隔離が必要となるかもしれない。ユビキタスの実現は、反面ビッグブラザーの時代の実現であるから、ホットスポットならぬ“アイススポット”の概念もカウンターとして発生するだろう。1)

参考URL
NTTドコモでは:「Mzone」
NTTコミュニケーションズ(NTT-Com)では:「ホットスポット」
NTTブロードバンドプラットフォーム(NTT-BP)では:「無線LAN倶楽部」

第1種電気通信事業者に事業転換した:鷹山(YOZAN)

引用URL
1)ZDNetから 無線LANなんていらない? 「アイススポット」という考え方
(2002年7月26日)


■駅弁いらんかねの幾星霜[ 2004年02月26日 ]

駅弁を駅舎でなくドライブインや車中で、またデパートの催事販売で買うようになった。しかし、旅先というのなら空港でも構わないわけだが。

(引用開始)
「高知龍馬空港」の愛称使用、国内4空港で記念イベント
【四国】2003/11/11 NIKKEI地域経済より
 高知県や高知空港ビルなどは「高知龍馬空港」の愛称使用を始める15日、高知、羽田、伊丹、名古屋の4空港で記念イベントを実施する。官民でつくる「高知龍馬空港活用促進連絡会議」が内容を発表した。高知では愛称を記した看板を除幕。羽田ではステージを特設して20人が「よさこい鳴子踊り」を4回にわたって披露し、愛称使用をアピールする。
 高知空港では龍馬関連商品の紹介コーナーを設置するほか、ホテルや観光施設での割引が受けられる「龍馬パスポート」を配布する。出発と到着の搭乗者には搭乗記念カードを渡す。羽田ではよさこい鳴子踊りを主体に、テレビ会議システムで高知と結んでの中継やPRビデオを放映する。高知旅行が当たる抽せんや観光パンフは伊丹と名古屋でも配布する。
 日和崎二郎・土佐経済同友会代表幹事は「期間限定のお祭り騒ぎでなく、息長く続けていきたい」と話している。
(引用終了)
ダイヤの過密化と路線の廃止で駅舎で売り子が駅弁を販売する風物詩が見られなくなって久しい。峠の釜めしで知られた「おぎのや」も信越線横川〜軽井沢間の廃止でドライブインでの販売が主流になり、いかめしで知られた「いかめし阿部商店」も北海道・函館本線森駅での構内販売よりもデパートでの催事販売のほうが主流になった。

ところが旅のシズルをかき立ててくれる売り子のかけ声が駅舎ならぬ空港で復活している。1992年の羽田空港での販売を契機に一躍東京の土産菓子トップとなったグレープストーンの『東京ばな奈 見ぃつけたっ』が、躍り出た秘訣は「東京土産に東京ばな奈いかかがですか」というフレーズの連呼にあった。1)

幕末維新の立役者の一人・坂本龍馬の誕生日である2003年11月15日に高知空港は、高知龍馬空港の愛称を採用した。人物名を空港の名称に採用した日本で初めての事例となる。「土佐名物に龍馬まんじゅういらんかね」のかけ声が聞こえてくるかもしれない。筆者としては「土佐名物にエチオピアまんじゅういらんかね」の連呼が聞きたいところである。2)

参考URL
峠の釜めしでおなじみの:おぎのや
いかめしでおなじみの:いかめし阿部商店
東京ばな奈を販売する:グレープストーン

引用URL
1)テレビ朝日・サタデー総合研究所から
#22「史上最強お土産ランキング お土産勝ち組に経済再生のヒントあり」
2)高知県庁から
知事の記者会見(高知龍馬空港について)

参考コラム
レゲエとエチオピアまんじゅうと失われたアーク
第3回 エチオピア饅頭(まんじゅう)[ 2003年05月31日 ]
第4回 今日の夢は明日の現実になる[ 2003年06月14日 ]


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